かつて「安定」の象徴とされてきた大企業で、いま次々と人員削減の動きが広がっています。2025年には、パナソニックホールディングスが国内外で1万人規模の削減を発表し、部品メーカーのSMKやイリソ電子工業では希望退職者の募集が行われました。さらには協和キリンが、定員を設けない特別希望退職制度を導入するなど、東証プライムや名証プレミアに上場するような大企業でさえ、社員の「安定」を保障しきれなくなっている現実があります。
「黒字なのに、なぜ人を減らすのか?」という疑問を抱く方も少なくないでしょう。実際、企業の決算資料を見ても、業績が悪化しているとは言えない会社が人員削減に踏み切っているケースが増えています。もちろん、背景にはDX(デジタル化)や事業再編といった構造的な変化があるのですが、それでも「明日は我が身かもしれない」と不安に感じる人も多いのではないでしょうか。
ここで、少し考えてみてください。
「もし、あなたが突然『希望退職』を打診されたら、どうしますか?」
転職?起業?リスキリング?あるいは、これまでの会社人生にしがみつく?
選択肢はあるようでいて、実際に準備をしている人は少数派です。だからこそ、今のうちから自分のキャリアを「会社任せ」にせず、能動的に見つめ直す必要があるのです。
黒字企業でも進む人員削減の実態とその背景、そしてそれにどう備えるべきかについて、考察していきます。今の働き方に少しでも不安を感じたことがある方にとって、これからの時代をしなやかに生き抜くためのヒントになれば幸いです。
人員削減が従業員に与える影響とその対策――不安と向き合うための実践的な視点

企業による人員削減が相次ぐ中、そこで働く人々が直面しているのは「次は自分かもしれない」という深い不安と、その先のキャリアの見通しが立たないことによる心理的ストレスです。特に2024年度のように、黒字企業であっても大規模な希望退職や早期退職が進められると、「企業業績が良くても安心できない」という感覚が働き手全体に広がっていきます。これは単なる「人手の調整」にとどまらず、働く人の人生設計やメンタルヘルスに大きな影響を与える問題です。
心理的影響――「仕事の喪失」以上に心に残るダメージ
人員削減が与える最も大きな影響は、経済的な損失よりもむしろ「心理的ショック」です。人間は社会的動物であり、仕事を単なる生計の手段としてだけでなく、自己実現や承認の場としても捉えています。その仕事を失う、または「自分が不要とされた」と感じる経験は、自己肯定感を著しく低下させ、うつや不安障害の引き金になることがあります。
アメリカ心理学会(APA)の調査によると、レイオフやリストラの予告を受けた労働者のうち約62%が、数週間以内に不眠・イライラ・集中力の低下などのストレス症状を自覚すると報告しています。日本でも厚生労働省のデータでは、離職を経験した人のうち、約3人に1人が精神的な不調を経験しており、その中でも「予告から実際の退職までの期間」に最も大きな不安を感じていたことが分かっています。
さらに問題を深刻にしているのが、これが「黒字企業」でも起きている点です。従来であれば、人員削減は経営危機の象徴でしたが、今は「将来への効率化」や「グローバル競争に備えるための構造改革」といった前向きな理由でさえも、人員が削減されます。この変化によって、「自分の努力や業績が報われない」という無力感が働き手の間に蔓延しているのです。
企業によるサポート体制――形だけの再就職支援で終わらせない工夫
企業が希望退職や早期退職を実施する際、多くの場合「再就職支援プログラム」や「キャリアカウンセリング」などがセットで提供されます。しかし、これらの支援が本当に機能しているかどうかは、企業ごとに大きな差があります。
例えば、協和キリンは2024年度に導入した特別希望退職制度において、50歳以上かつ勤続5年以上の社員を対象に、定員を設けずに広く募集を行いました。対象者には退職金の上乗せや再就職支援サービスが提供されましたが、実際にどの程度の人が再就職できたかという「成果データ」は公開されていません。
一方で、トヨタ自動車のように、事前の職務分析や社内キャリアチェンジを徹底し、配置転換によって人員削減を最小限にとどめる企業も存在します。このように、企業が「どこまで本気で支援するか」によって、従業員の心理的ダメージや将来設計への影響は大きく異なるのです。
働き手側ができる対策――情報とスキルへの先行投資
企業がどれほど支援体制を整えても、最終的に未来を切り開くのは個々人の行動です。特に今のように雇用の安定が揺らぐ時代では、「いま仕事があるから大丈夫」という思考を捨て、「次に備える」姿勢が重要です。
まず一つ目の対策は、「労働市場の動向を常に把握しておく」ことです。現在、自分の職種がどの程度需要があるのか、AIやデジタル化で置き換えられつつあるのかを定期的にチェックすることで、必要なスキルや資格が見えてきます。
二つ目は、「学び直し(リスキリング)」です。経済産業省によると、デジタルスキルを持つ人材は2030年には最大で79万人不足すると予測されています。逆に言えば、今からでもITリテラシーやAI活用、データ分析などのスキルを学べば、それだけでキャリアの選択肢が大きく広がるということです。
三つ目は、「人的ネットワークの拡充」です。転職活動で最も成功率が高いのは、実は求人サイト経由ではなく、知人や前職の同僚などからの紹介です。社外に自分の価値を認めてくれるつながりを持っていることが、雇用の不安定さに対する最強の保険となります。
メンタルヘルス対策――“気づき”と“語れる場”の確保
そして最後に強調したいのは、「心の健康を守ること」が、最も長期的に見てキャリアを守る戦略になるという点です。人員削減という非日常の局面では、感情の浮き沈みが激しくなりがちです。しかし、それを「自分だけが感じている」と誤解してしまうと、孤立感が深まり、状態が悪化します。
職場のカウンセリング制度や外部のメンタルケアサービスを利用すること、あるいは信頼できる家族や友人に状況を話すことは、精神的なプレッシャーを和らげるために有効です。また、ジャーナリング(日記のように感情を書くこと)も、心理療法の一つとして効果があることが証明されています。
このように、人員削減は単に「職を失う」という一点ではなく、心理的・社会的にさまざまな影響をもたらす現象です。企業も従業員も、この変化を単なる「ピンチ」としてではなく、「次のキャリアを考えるきっかけ」として前向きに捉え直す視点が求められています。働き方が多様化し、不確実性が高まる今だからこそ、「変化に適応できる心とスキル」の両輪を育てていくことが、最も堅実なキャリア戦略と言えるでしょう。
黒字企業でも進む人員削減の実態――利益と雇用が両立しない時代の現実

かつて「黒字=安定雇用」という構図は、企業で働く人にとって一種の安心材料でした。業績が良ければ人員削減のリスクは低く、終身雇用に近い形で働けると信じられてきたからです。しかし近年、その常識は急速に崩れつつあります。現に、2024年から2025年にかけて、日本を代表する黒字企業までもが希望退職や早期退職制度を導入し、事実上のリストラを進めています。なぜ、業績が良好にもかかわらず、人員削減が行われているのでしょうか。その背景には、単なる経営戦略を超えた、企業構造や働き方の根本的な変化があります。
「黒字なのにリストラ」が常態化する構造的背景
まず押さえておきたいのは、黒字であるにもかかわらず人員削減を行う企業が「経営の失敗を隠すため」ではないということです。むしろ、多くの企業が将来的な競争力を維持するために、あえて今のうちにコスト構造の見直しを図っているというのが実情です。
たとえば、パナソニックホールディングスは2025年度に、国内外で1万人規模の人員削減を発表しました。同社の決算資料によると、2024年3月期の連結純利益は2,000億円超と、前年を上回る黒字でした。にもかかわらず削減に踏み切った理由は、「今後の競争力強化」と「非効率部門のスリム化」です。特に、旧来型の製造工程を中心とした部門では、生産性の低下が進んでおり、グローバル市場での競争に耐えうる体制へと再編する必要があると判断されました。
このような例は他にもあります。SMK(エスエムケイ)は2024年に50歳以上の社員を対象に希望退職を募り、予定人数を上回る約100人が応募。イリソ電子工業でも同様に、人員削減が進められました。これらの企業も、いずれも赤字転落ではなく、財務的には安定している中での決断でした。
つまり、いま企業が求めているのは「今の利益」ではなく「10年後の競争力」です。そのために必要な人材の再配置、スリム化、業務の自動化への対応が、黒字企業の内部改革として現れているのです。
自動化・DX推進と人材過剰のジレンマ
もうひとつ、人員削減を後押ししている要因として注目すべきなのが、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の急速な進展です。とりわけ2020年代以降、AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などの技術によって、従来は人が担っていた業務が次々と自動化されるようになりました。
経済産業省の報告によれば、国内の製造業におけるDX導入率は2023年時点で過去最高の63.5%に達しており、その導入企業のうち、約半数が「人手を削減する効果があった」と回答しています。また、ホワイトカラー職種の一部でもAIチャットボットの導入などによって人員を減らす動きが進んでいます。これにより、「仕事がなくなる前に人員を整理しておく」という動きが加速しているのです。
たとえば、日立製作所ではDXを前提とした「ジョブ型雇用」の拡大により、職務定義に合わない人材の配置転換や削減を進めています。これは従来の年功序列・総合職的な雇用慣行からの明確な脱却であり、「役に立てる場がなければ企業に留めない」という考え方が現実のものとなっています。
このような企業の合理化は一見すると冷たいものに映りますが、国際競争の激しい環境下では避けられない選択でもあります。特に日本企業は長らく「雇用の安定」を重視してきたために、海外企業と比べて人件費の最適化が遅れているという課題がありました。今、その遅れを取り戻す形で、黒字でも人員削減という大胆な手段が取られているのです。
投資家と市場が求める「効率性」とのバランス
黒字企業が人員削減に踏み切るもう一つの背景には、株主や市場の目線があります。とりわけプライム市場に上場する大企業にとって、株価や配当性向は企業価値を測る上で極めて重要な要素です。投資家は企業に対し、売上の拡大よりも「効率的な経営」を求める傾向を強めています。
経済産業省が進める「コーポレートガバナンス・コード」でも、企業は資本効率(ROEやROIC)を高めるよう求められており、人件費の見直しや事業ポートフォリオの再編は、その一環として位置づけられています。たとえばROE(自己資本利益率)は、企業の収益性を測る指標の一つですが、従業員数が過剰なままだと固定費が重くなり、ROEが下がるリスクがあります。これを回避するために、企業は「必要以上に抱えている人材」を減らす選択を迫られるのです。
このように、黒字企業の人員削減は一見矛盾するように見えて、実は市場や株主への説明責任を果たすために必要な“戦略的決断”であることが多いのです。経営側にとっては、「いま痛みを伴ってでも構造を変える」ことで、中長期的な株主価値を守ろうとしているのです。
以上のように、黒字企業であっても人員削減が進められる背景には、従来の「安定雇用」モデルが急速に崩れつつあるという現実があります。利益が出ているからこそ、将来への布石を打ちたい――それが現代企業の考える「変革の論理」です。この現実に、働き手一人ひとりも目を背けず、備えていく必要があると言えるでしょう。
これからの働き方とキャリア形成のヒント――「会社依存」から「自己主導」への転換

人員削減の波が黒字企業にも及ぶ今、働く個人にとって最も重要なのは、「会社に頼らず、自分自身でキャリアを築いていく力」を身につけることです。かつての日本企業では終身雇用や年功序列に支えられたキャリア形成が一般的でしたが、それはすでに過去のものとなりつつあります。これからの時代に必要なのは、自分の市場価値を客観的に把握し、それを高める行動を継続的に取る姿勢です。
主体的キャリア形成が求められる時代背景
終身雇用制度が機能しなくなった理由にはいくつかありますが、最大の要因は経済構造の変化です。デジタル化とグローバル化が進むことで、企業の寿命が短くなり、社員を一生守る余裕がなくなりました。実際、経済産業省の報告によると、日本企業の平均寿命は1990年代には約30年でしたが、2020年代には約23年まで短縮しています。つまり、一つの会社に一生勤めるというモデル自体が、構造的に成り立たなくなっているのです。
加えて、人生100年時代に突入した今、60歳で定年退職してからもなお、20年〜30年の「現役期間」が残ります。リンダ・グラットン氏の著書『LIFE SHIFT』でも指摘されているように、今後は「教育→仕事→引退」という三段階モデルではなく、「学びと働くを繰り返す複線型のキャリア」が求められます。
つまり、もはや「今の会社でどう評価されるか」ではなく、「自分がどの市場で、どんな価値を持つ人材か」が、キャリアの中心軸になっていくのです。
自分の「強み」と「価値」を可視化する
自分のキャリアを主体的に考える第一歩は、「自分の強みを客観視すること」です。これには2つの方法があります。
1つ目は、「スキルの棚卸し」です。たとえば、自分がこれまで関わってきた業務をすべて書き出し、それぞれの業務で得たスキル(例:営業交渉力、資料作成、データ分析、チームマネジメントなど)を整理します。厚生労働省が提供する「キャリア形成支援ツール」や、リクルートなどの転職サイトにある「職務経歴自動作成サービス」なども活用できます。
2つ目は、「他者からのフィードバック」を得ることです。自己評価と他者評価にはギャップがあることが多く、信頼できる同僚や上司に、自分の強みや改善点を尋ねてみることは有益です。
これにより、自分の強みが市場でどのように評価されるかを予測しやすくなり、今後のキャリア戦略を立てやすくなります。
キャリアの選択肢を広げる「学び直し」の実践
自分の強みを可視化できたら、次はそれをどう伸ばすか、あるいはどの分野に転換するかを考えるフェーズです。ここで鍵になるのが「リスキリング(学び直し)」です。
経済産業省の調査(2023年)によれば、日本国内の社会人のうち、過去1年間に何らかのリスキリングに取り組んだ人は全体のわずか16.8%にとどまりました。OECD平均の約半分であり、日本人の学び直しへの意識は他国に比べて低い水準にあります。
しかし今後は、この差がキャリア格差へと直結していく可能性があります。たとえば、DX分野における求人は年々増加しており、2024年時点で「ITエンジニア」「データサイエンティスト」「AIエンジニア」の平均年収は700万円~1000万円超と高水準を保っています。非IT職種からの転職者でも、数ヶ月〜1年の学習でこうしたポジションに就いた事例は多数あります。
また、国や地方自治体もリスキリングを支援しています。経産省の「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」では、最大で70%以上の受講料補助が受けられるプログラムも用意されています。特に40代・50代のミドル層が新しいキャリアに踏み出すための支援が厚く、活用する価値は十分にあります。
会社に依存しない「複線的キャリア」の育て方
変化の激しい時代においては、「1社依存型」のキャリアではリスクが大きすぎます。これからの理想は、「複線的キャリア」を持つことです。これは本業に加えて、副業や兼業、資格取得、講師活動、NPO参加など、収入や経験の源を複数持つ働き方を指します。
実際、総務省の統計によると、副業・兼業をしている人の数は2023年には約450万人に達し、前年比で10%以上増加しています。大企業でも副業解禁が進み、パナソニック、資生堂、日立製作所などがすでに制度として認めています。
副業によって得られるのは、単なる収入だけではありません。たとえば、外部のプロジェクトに関わることで新たなスキルを得たり、自分の専門性が他の業界でどう評価されるかを実感できたりするなど、「市場価値の実験場」としても機能します。
また、会社都合での退職があっても、すでに社外のキャリアパスを持っていれば、大きな混乱を防ぐことができます。これは精神的な保険としても大きな意味があります。
つまり、これからの働き方において最も重要なのは、「会社に雇われている自分」ではなく、「働く力を持つ個人」としての自分を育てていく視点です。変化の時代は不安でもありますが、見方を変えれば、それは無限のチャンスでもあります。自分の強みを知り、磨き、試し、そして広げていく――その積み重ねこそが、これからの時代をしなやかに生き抜くキャリア形成の核心と言えるでしょう。
▼今回の記事を作成するにあたり、以下のサイト様の記事を参考にしました。




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