私たちの社会には、「ルールを守ることが当然」という前提があります。通勤電車の整列乗車、ゴミの分別、会社の報連相──
これらはごく当たり前の“ルール”として存在しています。けれど、その当たり前を守らない人が、身近にいると感じたことはありませんか?
たとえば、会議に遅れても謝らない同僚、順番を無視して先に進む人、車のルールを平気で破るドライバー…。こうした行動に、ついイライラしてしまうのは、多くの人に共通する経験ではないでしょうか。
では、なぜその人はルールを守らないのでしょうか?
怠慢?無責任?それとも意図的な反抗?
実は、日本におけるルール違反には、大きく2つのタイプがあるといわれています。ひとつは、「ルールなんて守らなくてもいい」と考える“意図的に破る人”。もうひとつは、「守ろうとしても、うまく適応できずに破ってしまう人」です。
たとえば、マナー違反に見える行動の背後に、発達特性や認知のズレ、あるいは強いプレッシャーやストレスが関係している場合もあるのです。
あなたの周囲にも、指摘しても反応が薄い人、何度言っても行動が変わらない人はいませんか?
「どうしてこの人は何度言ってもわかってくれないのだろう」と、無力感を覚えたことはありませんか?
こうしたルール違反には、単なる“モラルの低さ”では片づけられない背景があります。
「ルールを守らない人」の行動の内側にある心理と構造を掘り下げながら、その原因や特徴、効果的な対処法、そして共にルールを育てていくための視点について、わかりやすく解説していきます。
ルールを守る文化を育てるために必要な視点と、個人にできる小さな実践

ルールを守らない人がいることで、組織やコミュニティはしばしば混乱し、不満が広がります。
しかし「ルールを守る人間」だけを集めることは現実的ではなく、ルールを自然と守れる文化を育てていくことこそが、長期的かつ持続可能な解決策になります。
組織文化がルールの遵守率を決める
人は意志やモラルで動いているように見えて、実は「周囲の空気」によって行動を決めていることが多くあります。
たとえばオフィスで、全員が時間厳守で出勤していれば、多少の遅れに罪悪感を覚えるものですが、半数がルーズな勤務態度を取っていれば「自分だけ守っていても意味がない」と感じるでしょう。
実際、アメリカ心理学会(APA)が発表した調査によると、人がルールを守るかどうかの60%以上は、組織内の“社会的規範(norms)”に影響されていることが分かっています。
つまり、ルールそのものの内容よりも、「周りがどうしているか」のほうが強力に作用するのです。
ここにこそ「ルールを守る文化」の本質があります。個々のルールに逐一監視をつけて強制しなくても、全体の空気として“ルールを守るのが当たり前”になれば、逸脱行動は自然と減少していきます。
ルールを共有価値に変える:納得のプロセスが文化をつくる
ルールを上から押しつけるだけでは、人は従いません。むしろ、「なぜこのルールが必要なのか」「自分にとってどんな意味があるのか」が説明されないままでは、不信感や反発心を招くことさえあります。
たとえば、あるIT企業では「残業は原則禁止」というルールを導入しましたが、最初は社員から不満の声が相次ぎました。
しかし、「集中力が落ちる時間帯の労働が生産性を下げている」「長時間労働によるミスの損失が月400万円に上っている」というデータを全社員に共有し、「このルールは、あなたの健康と企業の持続性を守るためのものです」と明確に説明したところ、わずか3か月で残業時間は平均40%削減され、社員満足度は12ポイント上昇したのです(同社内調査による)。
この事例が示すように、ルールを「上からの命令」ではなく「自分たちの選択」として理解するプロセスが、文化を形づくる鍵です。
小さな実践の積み重ねが「空気」を変える
文化は一夜にして変わるものではありません。しかし、一人ひとりができる小さな言動の積み重ねによって、職場やコミュニティの“空気”は確実に変わっていきます。
たとえば次のような行動は、地味ですが効果的です。
- ルールを守っている人を言葉で褒める:「いつも提出期限を守ってくれてありがとう。助かってます」と伝えるだけで、本人のやる気だけでなく周囲の意識も変わります。
- ルール違反を咎めず、気づかせる:「このルール、ちょっと見落としていたかもしれませんね」といった表現は、攻撃的でないため、相手が受け入れやすくなります。
- ルールの必要性をさりげなく共有する:「このルールって、実は◯◯のミス防止にすごく役立つんですよ」といった豆知識的な共有は、自然と納得を生みます。
このような行動は、組織の上層部でなくても、どの立場の人でも実践可能です。特に、中堅クラスの社員やリーダーが実践することで、下の世代がそれを「モデル」として模倣し始めるため、波及効果が広がっていきます。
「やらない人」を変えるのではなく、「やりたくなる環境」をつくる
組織において「ルールを守らない人」を力づくで矯正しようとするのは、かえって対立や摩擦を生みます。「本人の性格を変える」のではなく、「行動を変えたくなる環境を整える」ことが最も効果的なアプローチです。
たとえば、以下のような仕組みは効果が確認されています。
- 行動が見える化される仕組み:出勤・退勤時間、タスク完了状況などを見える化することで、「みんなが見ている」と意識するようになり、自然と行動が整っていきます。
- ピア・フィードバック制度:上司からではなく、同僚同士でルール遵守や良い行動を互いに評価し合う制度は、心理的安全性が高まりやすく、継続的な行動改善につながります。
- インセンティブより“承認”:人は報酬以上に「他人から認められること」に強く動機づけられます。「よくやってるね」の一言が、制度的なポイント報酬よりも効果的だったという研究(Harvard Business Review, 2022)もあります。
数値で見る文化の威力:行動変容は個人でなく「集団構造」で生まれる
最後に、文化の力がどれほど強いかを示す興味深いデータをご紹介します。
国際的に有名な「The Hidden Influence of Social Norms(Cialdiniら, 2006)」の調査では、ホテルのバスタオル再利用促進キャンペーンにおいて、
- 「地球環境のためにご協力を」→ 実施率:37%
- 「この部屋を使った他の人の75%が再利用しています」→ 実施率:44%
- 「このホテルを使った他の人の75%が再利用しています」→ 実施率:48%
と、「他の人が守っている」ことを伝えたほうが、行動変容率が最大11ポイントも高かったという結果が出ています。つまり、「ルールの正当性」よりも、「周囲がどうしているか」が私たちの行動を強く左右しているのです。
このことからも、文化=空気づくりが最大の行動改善策であることがわかります。
文化は、誰かが“空気を変える行動”を始めたときから変わる
ルールは人間の行動を縛るものではなく、「共通の目的のために合意された約束事」です。だからこそ、押しつけられたと感じると反発を生みますし、自分の利益とつながらなければ意味を感じにくくなります。
しかし、「ルールを守ることが当然」という文化の中では、守らないことのほうが違和感となり、自ら正す動きが生まれます。そして、その文化を変えるのに特別なリーダーシップは要りません。小さな気づき、小さな声かけ、小さな共感——それが空気を変え、文化を変えるのです。
文化を変えるのは「誰か」ではなく、あなたの言葉と行動です。それが、ルールを守らせる最も本質的で持続可能な方法なのです。
「守らない」のか「守れない」のか:ルール逸脱の背後にある多様な心理と特徴

私たちが日常生活で目にする「ルールを守らない人」は、本当に意図的にルールを無視しているのでしょうか? それとも、守ろうとしても守れない、何らかの背景や制約を抱えているのでしょうか?
ルール逸脱という行為を理解するうえで重要なのは、「守らない人=悪い人」という単純なラベリングを避け、背景にある心理や環境要因を丁寧に見つめる視点です。
意図的な「違反」と、無意識の「逸脱」はまったく異なる
一見同じ「ルール違反」に見えても、その動機や心理はまったく異なります。心理学者ローレンス・コールバーグの道徳発達理論によれば、人の行動基準は成長とともに「罰への恐れ」「周囲の期待」「自律的な価値判断」へと変化していきます。
つまり、同じルールを破る行為でも、子どもの反抗、大人の無関心、あるいは状況的な判断など、背景は大きく異なるのです。
たとえば交通違反を例にとっても、以下のようなタイプが考えられます。
- 意図的違反型:制限速度を超えることに快感を覚える、規制を軽視するタイプ
- 無知・誤認型:標識やルールを正確に理解していなかった、表示が不明瞭だった
- 緊急回避型:事故を避けるためやむを得ず規則から逸脱した
- 慣れによる緩慢型:長年の運転で「暗黙のルール」や「黙認される慣習」が身についていた
これらはすべて「ルール違反」として記録されますが、背後にある要因はバラバラです。だからこそ、同じ対処をすればよいわけではなく、背景に応じた理解と対応が必要になります。
ルールを「理解できない」人もいるという現実
認知特性や学習障害などによって、そもそもルールそのものを正しく把握できない人が一定数存在します。厚生労働省の調査によれば、就労年齢人口のうち、軽度の知的障害や発達障害を抱える人は推定5%前後にのぼります(平成30年障害者白書)。
これらの人は、読み取り・判断・記憶・マルチタスクの遂行などに困難を抱えるため、職場の細かいルールや業務手順を理解しきれず、「守っていない」ように見えてしまうことがあります。
たとえば、「報告・連絡・相談(いわゆるホウレンソウ)」ができないという問題も、単に怠慢なのではなく、「何をどのタイミングで、どんな言葉で伝えるべきか」が抽象的で理解しにくいため、実行できないケースもあります。
また、外国人労働者の場合、言語的理解や文化的背景の違いにより、日本特有の「空気を読む」ルールが理解されにくいことも指摘されています。これも、「守らない」ではなく「守れない」という構図に含まれる現象です。
感情とストレスが判断力を狂わせる
人は感情的な動物です。特に怒り、不安、焦りなどの強いストレス状態では、理性的な判断が著しく低下することが知られています。
これは心理学でいう「扁桃体ハイジャック」と呼ばれる現象で、脳内の扁桃体が過剰に反応し、前頭前野(理性的判断を担う部位)の働きが抑制されることにより、冷静な判断やルールへの配慮ができなくなります。
職場でのパワハラ、過重労働、家庭問題などが重なると、普段は真面目な人でさえ、「もうどうでもいい」「あえて違反してやろう」という破壊的な心理に傾くことがあります。
実際、厚労省のメンタルヘルス調査(2023年度)では、うつ症状のある社員のうち約38%が「ルールや手順をわざと無視する行動に出た経験がある」と回答しています。
このように、ルール逸脱は行動の問題であると同時に、感情とストレス管理の問題でもあるのです。
「自己中心的」な性格特性を持つ人も一定数存在する
もちろん、すべてのルール違反が「仕方のない背景」によって起きているわけではありません。中には、ルールを軽視し、自分の利益や欲望を優先する性格傾向を持った人も存在します。
心理学ではこのような傾向を「ダークトライアド」と呼び、以下の3つが代表的です。
- マキャベリズム:目的のためには手段を選ばない、他人を操ることに抵抗がない
- ナルシシズム:自分を特別な存在とみなし、他人を軽視する
- サイコパシー:共感性が低く、良心の呵責をあまり感じない
このような人物は、組織内でのルール破りを通じて自分の立場を有利にしようとしたり、他者の信頼を利用したりするケースがあり、意図的かつ戦略的にルールを逸脱する点で他のタイプとは一線を画します。
米国の調査(Paulhus & Williams, 2002)によれば、一般人口のうち約3〜5%がこれらのダークトライアド特性を有しているとされ、組織内に一定数存在する可能性は否定できません。
ルール逸脱の「背景の多様さ」を知ることが、建設的な対応の第一歩
こうした考察を通じてわかるのは、ルールを守らない行為には、極めて多様な動機や背景が存在するということです。そして、それらの多くは「悪意」や「反社会性」ではなく、知識の欠如、認知的ハンデ、ストレス、誤解、文化的ギャップなどによって引き起こされています。
これらを十把一絡げに「問題人物」として扱うことは、的外れな対処に終わるばかりか、問題を拡大・固定化してしまう恐れすらあります。
つまり、本当に必要なのは、「罰を与える前に、まず理解すること」です。相手の行動の背後にある構造や心理的トリガーを正確に把握することで、ようやく有効で持続可能なルール運用の改善策が見えてくるのです。
これが、「ルールを守らない人」への真の向き合い方であり、成熟した社会が育てるべき視座といえるでしょう。
破られるルール、無視される規律:その現場に起きていることと、周囲が受ける見えにくいダメージ

ルールや規則は、集団や社会の秩序を保つために存在しています。しかし、そのルールが一部の人によって破られたり無視されたりすることは、どんな職場やコミュニティでも起こり得ます。
そして、そのような行為が表面上は「ちょっとした違反」に見えても、実際には組織や周囲の人間に目に見えにくい大きな損失や心理的ダメージを引き起こしていることが少なくありません。
ルール違反が現場にもたらす「静かな連鎖反応」
まず注目すべきは、「ルールを守らない人」の行動が、周囲にどのような連鎖を生むかという点です。規則や規律は、一貫性と公平性を前提として成り立っています。
したがって、特定の人物だけがルールを無視し、罰せられずに放置されていると、それを見ている他のメンバーの意識にこうした変化が生まれ始めます。
- 「なんであの人だけが許されるんだ?」
- 「ルールって、守る意味あるの?」
- 「馬鹿正直に守ってる自分が損してる」
このような心理的なひずみは、モラルハザード(倫理感の崩壊)を引き起こします。結果として、他のメンバーも徐々にルールを軽視するようになり、組織全体の規律が緩んでいくのです。
たとえば、ある企業で「定時退社のルール」が形骸化している職場を考えてみましょう。上司が黙認している中で一部の社員が毎日のように遅刻してきたり、始業後にコーヒーを飲みながらスマホをいじっている状況が放置されていると、真面目に働いていた社員の意欲が低下します。
そして「自分だけ頑張ってもバカを見る」と感じた社員は、同じように規律を無視する行動に流されていきます。
このように、ルール違反は現場の空気を汚染し、静かに秩序を壊していく感染源のような性質を持っているのです。
数値が示す「職場の秩序崩壊」のコスト
実際に、ルール無視や不正行為が組織に与える影響を数値で見てみましょう。
経済産業省の「職場の無形資産(人的資本)に関する研究」(2022年)では、従業員の“公正感の欠如”が職場の生産性を最大で35%低下させるという試算が示されています。
これは、ルール違反が放置されることで「自分だけが損をしている」という不満が募り、協働意識や信頼が低下することが背景にあります。
さらに、PwC Japanが行った不正リスク調査(2023)によれば、企業内の不正行為や規律逸脱の放置は、離職率を平均で約12%引き上げる要因となっており、特に若年層にその傾向が顕著です。
Z世代の離職理由として、「上司がルールを守っていない」「企業の理念と実態が違う」といった項目が上位に挙がっていることも注目に値します。
つまり、ルール違反者を見逃すことは、「短期的には衝突を避けたつもりでも、長期的には信頼の損失や人材の流出という高い代償を払う」結果になってしまうのです。
「見えないダメージ」は感情と組織文化を蝕む
さらに深刻なのは、ルールを無視され続けることによって、周囲の人が抱く感情的なダメージです。
たとえば、職場で一部のメンバーが規則を破っても叱責されず、むしろ上司から寵愛を受けているような状況があると、それを見た他のメンバーは以下のような感情に陥ります。
- 自分の努力が報われないという虚無感
- 公平な評価がされないという怒り
- 何も変わらないという無力感と諦め
このような感情は、やがて「声を上げる意味がない」「改善を求めても無駄だ」といった学習性無力感につながり、積極的な行動や創造的な提案が失われる土壌を形成します。
結果として、チーム全体が保守的になり、リスク回避に終始するようになるのです。
また、こうした職場文化は新入社員や若手にも伝染しやすく、「自分も黙って従っていた方が得だ」「出る杭になるな」といった不健全な規範意識が次の世代へと引き継がれてしまいます。
ルール逸脱を許容する「沈黙の同意」が組織を蝕む
最後に見逃してはならないのが、「ルール違反そのもの」よりも恐ろしいのは、それを見て見ぬふりする沈黙の構造です。
- 上司が問題社員を指導せず黙認する
- 同僚が違反を知っていても指摘しない
- 部下が不公平を感じても声を上げられない
このような状態は、組織内に「問題を問題として扱わない文化」を醸成します。つまり、違反をしても得をする・声を上げると損をするという逆転した価値観が浸透し、組織の内部統制が機能不全に陥るのです。
このような環境では、たとえ新たなルールを設定しても、誰もそれを真剣に受け止めようとはしなくなります。なぜなら、「結局は守られない」と内心で見切っているからです。
これがルールの信頼性を喪失した組織の末路であり、企業文化の崩壊、ひいては業績悪化やブランド価値の毀損につながっていくのです。
規律を再生するには、「違反を許さない姿勢」ではなく「当事者意識を持つ文化」から
ルールが破られる現場には、単なる違反者と被害者だけでなく、その場にいるすべての人間が構造の一部として関わっているという視点が重要です。
「悪いのはあの人だけだ」という他責の構造から、「どうしてこんな空気になっているのか」「何が見過ごされているのか」という内省的な対話へと切り替えることが、秩序再生の第一歩です。
組織に必要なのは、ルールそのものの見直しと、違反が起きたときの対話と再教育の仕組みを整えること。そして何より、ルールを守ることの意味と必要性を、現場の一人ひとりが実感できるようにする仕掛けです。
ルールを「押し付けられたもの」から「自分たちで選び、守るもの」へと昇華できたとき、初めてその現場には本当の秩序が芽生えはじめます。
注意しても効果がない理由:ルールを守らせる指導が失敗する構造と、成功するための要点

ルールを守らない人に注意しても、「効果がない」「逆ギレされる」「逆にこちらが悪者扱いされる」──。
これは管理職や現場のリーダーにとって、現実的な悩みです。
実際、部下やメンバーにルールを守らせるための指導は、うまくいけば秩序を回復できますが、多くのケースでは失敗に終わります。その背後には、人間心理、組織構造、指導スタイルなど、複雑に絡み合った要因が潜んでいます。
ここでは、なぜ指導がうまくいかないのかという構造的な問題を掘り下げ、そこから導かれる効果的なアプローチについて解説します。
指導が「届かない」理由は、内容よりもタイミングと関係性にある
まず重要なのは、「注意の内容」自体よりも、それがいつ、誰から、どのように伝えられたかが効果を大きく左右するという点です。
たとえば、部下が遅刻を繰り返している場面で、上司が業務終了後に叱責したとします。この場合、部下の側には「その場ではもう終わった話なのに、今さらなぜ」といった違和感が生まれやすくなり、反発心を高めてしまうことがあります。
心理学においては「即時性の原則」が重要視されています。つまり、行動直後のフィードバックがもっとも効果的ということです。特にマイナスのフィードバック(注意・叱責)は、行動から時間が空けば空くほど「感情的な指摘」に見えやすくなり、納得を得るのが難しくなります。
さらに、信頼関係が希薄な相手からの指導は、「自分を否定している」と受け取られがちで、内容よりも感情的な対立を招きやすくなります。
これを裏付ける調査として、2021年のHR総研による「部下への注意に関する意識調査」では、注意が効果を発揮しなかった理由の上位に「信頼関係ができていなかった」(42%)という項目が挙げられています。
つまり、注意の言葉よりも、その背後にある関係性と状況が、効果の有無を大きく左右しているのです。
「わかっているけど、できない」状態への指導は逆効果になりやすい
指導が失敗するもうひとつの典型的な構造は、相手が「できない」のに「やらない」と決めつけている場合です。
たとえば、報連相をしない新人に「報告しなさい!」と何度言っても改善されないとき、よくあるのが「この子は怠慢だ」「社会性がない」と判断するケースです。しかし、実際には次のような要因が隠れていることもあります。
- 「いつ」「どこまで」「誰に」報告すればいいのか分からない(認知の不明確)
- 報告した際に否定されたり冷たくされた経験があり、心理的障壁がある(過去の経験)
- 本人なりに工夫して進めているつもりで、報告の必要性を理解していない(価値の不一致)
このように、「やらない」のではなく「できない」「必要性を感じていない」状態に対しては、叱責型の指導はむしろ無力です。本人の中にある障壁や誤解を丁寧に解きほぐす「対話型の関わり方」が求められます。
この点について、厚生労働省が実施した「働き方改革推進調査」(2023)では、「従業員の行動変容を促す要因」として、“ルールの意味と目的を納得できる形で伝えること”が最も効果が高い(回答者の65.4%)と報告されています。
つまり、「なぜそれをしなければならないか」を共有しなければ、いくら注意しても意味がないのです。
「見せしめ型」の注意は組織の空気を冷やす
また、指導の失敗例として多く見られるのが、いわゆる「見せしめ」的な注意の仕方です。これは、会議や全体ミーティングの場で、特定の人物を名指しで叱る、もしくは暗に特定の行動を非難することで周囲に警告するやり方です。
短期的には規律が保たれるかのように見えても、組織全体に不信感と萎縮ムードが広がりやすくなります。注意を受けた本人は恥をかき、逆に反感を募らせ、周囲も「次は自分がやられるのでは」と警戒し、上司への報連相や本音の対話を避けるようになる──
こうした“関係性の劣化”が、組織文化全体を劣化させるのです。
これは心理的安全性の低下として表面化します。Googleの社内調査「プロジェクト・アリストテレス(2016)」では、高パフォーマンスチームの条件として“心理的安全性”が最も重要とされており、ミスや違反を安心して共有できる環境が成果に直結することが明らかになっています。
つまり、指導は「叱る」よりも「信頼を保ちながら修正を促す」関わり方が求められるのです。
効果的なルール指導に必要なのは「共通目的」と「選択肢の提示」
では、どうすれば効果的にルールを守らせる指導ができるのでしょうか? 成功している職場に共通するのは、「上からの命令」ではなく、「一緒に目的を共有する姿勢」が徹底されている点です。
たとえばある物流企業では、作業手順の遵守を徹底させるために、全員参加型の「業務フロー見直し会議」を月1回開催。現場社員が実際に感じている不合理や無駄を洗い出し、それを改善するルールを自ら提案する形を取っています。これにより、従業員のルール遵守率はわずか3か月で17%から91%に改善(社内調査より)しました。
このように、「ルールを守らせる」のではなく、「ルールを一緒に作り直す」姿勢が、納得と行動を引き出す鍵となります。そして指導の際には、以下の3つを意識することで、抵抗を減らし効果を高めることができます。
- 目的を明確に伝える:「なぜこのルールが必要か」を論理ではなくエピソードで共有する。
- 本人の視点を尊重する:「あなたはどう思う?」「なぜそうした?」という問いかけから始める。
- 選択肢を与える:「このやり方でできそう?それとも別の方法を考える?」と対話で着地を決める。
こうしたコミュニケーションスタイルは、指導が対話となり、納得が行動に変わるプロセスを実現します。
ルール指導とは「命令」ではなく「関係の再設計」
効果のない指導とは、たいてい「言えば伝わる」「言わなければ伝わらない」という極端な思い込みのもとで行われています。しかし実際には、指導とは言葉ではなく、関係性の設計そのものです。
- ルールがなぜ必要なのか。
- そのルールは誰のためのものなのか。
- どうすれば本人にとって「守る価値」があると感じられるか。
この3点を見極めながら、相手との信頼を壊さずに対話を重ねていくことが、もっとも確実で、長期的な変化を促す道なのです。
ルールの遵守は、強制ではなく、自発的な共感と理解から生まれる。この本質を見失わない指導こそが、現代に求められるリーダーシップの形といえるでしょう。
Q & A
Q1. ルールを守らない人にはどんな特徴がありますか?
A.
ルールを守らない人の特徴には、大きく2つのタイプが存在します。ひとつは「意図的に破る人」で、自分にとって都合の悪いルールを無視し、権威への反発心や自己中心的な性格傾向が見られることがあります。もうひとつは「適応できずに破ってしまう人」で、注意力や理解力に課題を抱えていたり、ストレスや環境の変化に弱く、無意識にルールを逸脱してしまうケースです。これらの背景を知ることで、単なる非難ではなく建設的な対応が可能になります。
Q2. なぜルールを守らない人が存在するのでしょうか?原因は何ですか?
A.
ルールを守らない人の原因は、性格や価値観だけでなく、発達特性や認知の偏り、家庭環境、職場の風土など多岐にわたります。たとえば、自己効力感の低さや過去の成功体験の有無、上司や組織からの不公平な扱いなどが「ルールを守る意味の喪失」につながっている場合があります。また、社会的スキルの不足や学習経験の差によって、ルールの理解自体が曖昧な人も少なくありません。
Q3. ルールを守らない人に対して、効果的な対処法はありますか?
A.
まず大切なのは、「なぜ守らないのか」を冷静に分析することです。一方的に注意するのではなく、背景や動機を確認した上で、行動の改善を伝えることが有効です。また、組織や集団であれば、ルールの目的を共有し、守ることに意味を感じてもらえるようなコミュニケーションが重要です。実際、ある調査では「ルールの目的を理解している人の方が、遵守率が約1.7倍高い」という結果も出ており、ただ罰則を与えるよりも“納得感”を持たせることがカギになります。
▼今回の記事を作成するにあたり、以下のサイト様の記事を参考にしました。

▼また、以下のリンク先の記事もお薦めです。
ここ