自分が子どもだった頃、親から叱られたり、指導を受けることが一般的でした。そのため、子どもは親の言うことに従うことが期待されていました。しかし、最近では子どもを尊重し、受け入れる「叱らないしつけ」が重視されるようになっています。この変化は、親の社会的・経済的な背景や文化によって影響を受けており、さまざまな要因が絡み合っています。時代が進むにつれて、親子関係はどのように変わってきたのでしょうか。
ある家庭のお母さんとお父さんが自分の子ども時代を振り返ると、親からほめられた経験が多かったとします。その場合、そのお母さんとお父さんは、子どもの個性や感情を大切にし、子どもの意見や気持ちを尊重する「個人本位型しつけ」を選びやすくなります。これは、子どもが自分の気持ちを表現できるように育てる方法です。
一方で、別の家庭のお母さんとお父さんが親から叱られた経験が多い場合、子どもに対して明確なルールや制約を設け、従わせることを重視する「制限コード型しつけ」をよく取り入れます。これは、子どもに対して厳しく接する方法で、親が子どもに従うことを期待します。このように、しつけのスタイルは親自身の経験や社会的・経済的な背景に影響されており、それが家庭内の親子関係や子どもの成長に影響を与えます。
これから、現代のしつけに関する考え方の変化や、社会的・経済的な地位(SES)がしつけのスタイルに与える影響について考えてみたいと思います。また、新中間層に特有の育児スタイルについても触れたいと思います。さらに、受容型や自己表出型などのしつけ方法が、長期的に子どもにどのような影響を与えるのか、またそれらのしつけがどのように社会や文化の再生産に寄与しているのかを考察していきます。
この研究は、しつけについての考え方がどのように社会の中で広がり、それが社会の階層構造にどのように影響しているのかを調べるものです。
概要
- 研究の目的: しつけに関する考え方が、異なる社会的背景を持つ家庭でどのように受け入れられ、実践されているかを明らかにします。また、その結果として、社会の階層構造がどのように維持されたり再生産されたりするのかを考えます。つまり、どの家庭がどのようなしつけを行い、それが子どもにどんな影響を与えるのかを探ります。
- 方法論: 研究では、質問紙を使った調査やインタビューを行います。これにより、保護者がどのようなしつけスタイルを持っているのか、またその背景にある社会経済的地位(SES)についてのデータを集めて分析します。
ポイント
しつけ言説の社会的配分と階層の再生産に関する研究
しつけの多様性: しつけに対する考え方や方法は、親の社会的・経済的な背景や文化によって異なることがわかっています。子どもの個性を大切にする「個人本位型しつけ」と、明確なルールを重視する「制限コード型しつけ」という2つのスタイルがあります。
階層の再生産: しつけの方法が子どもの成長や社会での適応にどのように影響するかを考えます。裕福な家庭では、柔軟で対話を重視したしつけが行われることが多いのに対し、経済的に厳しい家庭では、昔ながらの厳しいしつけが多く見られる傾向があります。
社会的配分の影響: しつけに関する考え方が特定の社会層に集中することで、社会全体の価値観や育児の方針に影響を与え、結果として社会的な格差を助長する可能性があります。これは、どの家庭でどのようなしつけが行われるかが、子どもたちの将来の機会や成功に影響を与えることを意味しています。
しつけのスタイルと内容の変化について
現代社会における「しつけ」の方法は、過去数十年で大きく変わってきました。以前の家庭では、親が権威的な立場から子どもに対して「上下関係」を強く意識させることが重要だと考えられていました。しかし、21世紀に入ると、国際的に子どもの権利に対する意識が高まり、子どもにも自己決定権があるという考え方が広まってきました。特に2000年代以降は、「叱らないしつけ」や「子どもの意見を尊重するしつけ」が推奨され、家庭内でのコミュニケーションの仕方が変わってきています。この変化には、教育学や心理学の進展、そして子どもの心理的な成長に関する多くの研究結果が影響を与えています。
また、親の社会経済的地位(SES)も、しつけのスタイルや内容に大きな影響を与える要因の一つです。SESとは、一般的に教育のレベルや収入、職業によって決まるもので、これが子育ての価値観や方法にも直接的な役割を果たしています。SESが高い家庭では、子どもの個性や自主性を重視し、対話を大切にするしつけが行われることが多いです。それに対して、SESが低い家庭では、子どもに従順さや規律を重視する傾向が強いとされています。
このように、現代のしつけは、権威的なスタイルからより柔軟で対話重視のスタイルへと変化してきています。その背景には、社会全体の価値観の変化や、親の経済状況が影響しています。
しつけの方法の変化とその背景
最近の「しつけ」に関する考え方は、家庭での親子関係や育児の方針に大きな影響を与えています。1989年に国連で子どもの権利条約が採択されたことがきっかけで、世界中で子どもの権利が重要視されるようになりました。この条約では、「子どもの意見が尊重されること」や「子どもの最善の利益が最優先されること」といった基本的な考え方が示されています。この考え方が広まるにつれて、しつけの方法も「親が一方的に教える」スタイルから「子どもの意見を大切にする対話的なスタイル」へと変わってきています。
2010年以降、アメリカやヨーロッパでは、親が子どもを尊重し、子どもが自分で考えて決める力を育てるようなしつけが広まっています。カリフォルニア大学が2015年に行った研究では、子どもに叱ったり罰を与えたりするのではなく、子どもの意見を尊重しながら一緒に問題を解決する方法が、子どもの心の健康や自己肯定感を高める効果があることがわかりました。また、日本でも「叱らないしつけ」や「話し合いを通じたしつけ」が増えてきており、2016年の文部科学省の調査では、80%近くの親が「子どもの意見を尊重するしつけが望ましい」と答えています。
さらに、このようなしつけの変化は、社会や文化の中で「親が理想とするしつけの形」を見直す要因にもなっています。今の考え方では、親は子どもにとっての「人生のサポーター」として寄り添い、必要なときに助ける役割が期待されています。この新しい役割は、社会の価値観の変化や、親子間のコミュニケーションの質の向上に伴って生まれたものです。親たちは、子どもが自分の意見を持ち、それを表現できるように育てることが大切だと考えています。
親の社会経済的地位(SES)がしつけのスタイルに与える影響
親の社会経済的地位(SES)は、しつけの方法に大きな影響を与えています。SESには、親の教育のレベル、収入、職業などが含まれます。これらの要素は、親が子どもに対して持つ期待や価値観、育児のスタイルに反映されやすく、そのためしつけの方法が異なることがあります。
教育水準が高い親は、子どもの意見を尊重し、対話を大切にするようなしつけを選ぶことが多いです。これに対して、教育水準が低い親は、より厳しいしつけを行うことが多い傾向があります。また、収入や職業も、親がどのように子どもを育てるかに影響を与えます。経済的に余裕がある家庭では、子どもに多くの選択肢を与えることができるため、自由な育て方ができることがあります。
1. 社会経済的地位がしつけのルールに与える影響
社会経済的地位(SES)とは、主に教育のレベル、収入、職業などによって決まる指標で、家庭がどれだけの資源を持っているかを示しています。SESは、家庭の教育環境に大きく影響し、親が子どもに求める価値観やしつけの方針に直接つながっています。SESが高い家庭と低い家庭では、しつけの内容(子どもに求めることなど)が異なるため、子どもの性格や学業成績、将来的な成功にも影響を与えます。
高SESの家庭では、親が子どもに「自立」や「批判的な考え方」、「自己表現」を促すことが多いです。これは、高SESの家庭の親が教育を重視し、自由な自己表現や社会での成功に必要なスキル(リーダーシップやコミュニケーション能力など)を大切にしているからです。
一方、低SESの家庭では、「従順さ」や「礼儀」、「規律」といったしつけが重要視されることが多いです。これは、限られた経済的な資源の中で、親が子どもに安全に育ってほしいと願い、社会に適応するための基本的なルールを教えようとするためです。
このように、親の社会経済的地位は、しつけの内容や方法に大きな影響を与え、子どもの成長や将来にとって重要な要素となっています。親がどのようなしつけを選ぶかは、家庭の状況によって大きく変わるのです。
2. 高SES家庭と低SES家庭のしつけの違い
(1) 言葉の使い方とコミュニケーションの違い
しつけにおける社会経済的地位(SES)の影響は、親と子どもの間の言葉の使い方やコミュニケーションに特に現れます。アメリカの心理学者、ベティ・ハートとトッド・リズリーが1995年に行った研究によると、高SES家庭の子どもは、低SES家庭の子どもに比べて、3歳までに聞く単語の数が約3,000万語多いことがわかりました。この「3,000万語の格差」は、子どもの言語の成長に大きな影響を与え、学校での成績や将来の成功にもつながるとされています。
高SES家庭では、親が子どもに質問をして、意見を聞くことで対話を大切にします。「どうしてそう思うの?」や「次はどうする?」といった質問をし、子どもに自分の考えを表現する機会を与えています。
低SES家庭では、親が子どもに対して指示や命令をすることが多く、会話の内容が少なくなりがちです。「早くしなさい」や「ここに座りなさい」といった言葉が多く、親子の会話が少ないため、言葉の刺激が限られます。
ハートとリズリーの研究では、SESが高い家庭の子どもは1日に平均2,100語、年間で77万語の新しい単語に触れるのに対し、SESが低い家庭の子どもは1日約600語、年間で22万語程度にとどまっています。このような言葉の経験の差が、学業成績や将来の社会的成功に影響を与えると考えられています。
(2) 教育に対する価値観の違い
SESの違いは、親が子どもに教える価値観にも反映されます。高SES家庭の親は、子どもの将来の成功や学業成績を重視し、自立心や批判的思考を育てることに力を入れます。一方、低SES家庭の親は、日常の安全や基本的なルールを守ることを重視し、従順さを大切にする傾向があります。
ハーバード大学が2018年に行った調査では、高SES家庭の親の約80%が「子どもが自分の意見を持ち、それを表現することが重要」と答えていますが、低SES家庭の親ではその割合が約40%にとどまっています。このように、SESによって教育に対する考え方やしつけの方法が異なることが明らかになっています。
3. SESが子どものしつけスタイルに与える影響:アメリカと日本のケース
アメリカのケース
アメリカの研究では、SESが低い家庭の親が、子どもに対して厳しいしつけや従順さを求める傾向があることがわかっています。特に治安が良くない地域に住む低SES家庭では、子どもが外部の危険から守られるように、親が「服従」や「規律」を重視することが多いです。一つの例として、2019年にシカゴ大学が行った調査では、低SES家庭の親の70%以上が「しつけの重要な課題は従順さや規律である」と答えています。これは、危険な環境で子どもを守るために、厳しいしつけが必要だと考えられているからです。
日本のケース
一方、日本では、高SES家庭において「自律的学習」や「創造性の発揮」が重視される傾向があります。2020年に文部科学省が行った全国調査によると、家庭のSESが高いほど「子どもの意見を尊重し、自己表現を奨励する」という回答が増えます。高SES家庭の親の85%が「子どもの意思を大切にする」と答えています。これに対して、SESが低い家庭の親は、従順さや社会的なマナーを重視し、「早く自立してほしい」という意見が多いです。
このように、アメリカと日本では、家庭のSESによって子どもに対するしつけのスタイルが大きく異なることがわかります。高SES家庭では自立心や創造性を育てることが重視されるのに対し、低SES家庭では規律や従順さが強調される傾向があります。
4. SESと学業成績の関係:学力の違いを見る
ES(社会経済的地位)が異なると、学業成績に大きな差が出ることがわかっています。ここでは、日本と海外の研究を比較しながら、SESと学業成績の関係について説明します。
アメリカにおける学力の差
2021年にペンシルベニア大学が行った調査によると、高SES家庭の子どもは低SES家庭の子どもに比べて、平均で約25%も学業成績が高いことがわかりました。特に、読解力や数学の成績でこの差が大きく見られます。高SES家庭の子どもは、放課後に家庭教師や習い事を受けることが多く、これが学力の向上に役立っています。一方、低SES家庭の子どもは、勉強に専念する時間が少なく、学習環境が整っていないことが多いのが課題です。
日本における学力の差
日本でも、家庭のSESと学業成績には関係があることが報告されています。2019年に文部科学省が行った「全国学力・学習状況調査」では、高SES家庭の子どもが数学や国語で低SES家庭の子どもに比べて、平均で15%高い得点を記録しています。これは、SESが高い家庭では塾や家庭教師などの教育支援にお金をかけられることや、学業に対する理解やサポートが手厚いことが背景にあります。
このように、SESによって子どもの学業成績に差が生まれることがわかります。家庭の経済状況や教育環境が、子どもたちの学力に大きな影響を与えているのです。SESが高い家庭の子どもは、より多くの学習機会を得られるため、学力が向上しやすくなっています。
5. SESが子どもに与える影響としつけの重要性
社会経済的地位(SES)は、しつけに大きな影響を与え、子どもの性格や学力に関わっています。そして、これらの要素は長期的に見て、子どもが社会でどのような地位に就くかや、どんな職業を選ぶかにもつながります。SESの違いによってしつけのスタイルが変わることは、家庭内だけではなく、社会全体にも影響を及ぼすことがあります。
特に、SESが高い家庭の子どもは、自分の意見を自由に表現しやすく、積極的な性格が育ちやすいです。このため、学業やキャリアにおいて成功する可能性が高いことが多いです。一つの例を挙げるとすれば、SESが高い家庭では、教育にかけるお金や時間が多く、子どもに多くの学習機会を与えることができるからです。
このように、SESが子どもに与える影響は大きく、しつけの重要性も高まっています。家庭の環境や教育方針が、子どもの将来に大きな影響を与えることを理解することが大切です。家庭でのしつけが、子どもが社会でどのように生きていくかに深く関わっているのです。
都市部の新中間層家庭におけるしつけの影響
現代のしつけにおいて特に影響を受けているのが、都市部に住む「新中間層」と呼ばれる家庭です。この新中間層は、高い教育を受けていて、ある程度の経済的余裕も持っており、子どもの成長や未来に大きな期待を抱いています。このような家庭では、「子どもの自尊心や自己効力感を高めること」が重要視されており、親は「叱らないしつけ」や「話し合いを通じたしつけ」を積極的に取り入れています。
2019年に行われた調査では、新中間層の75%の親が「子どもには自分の考えや意見を自由に表現させるべきだ」と答えています。この考え方の背景には、社会で成功するためには学力だけでなく、創造性やコミュニケーション能力、リーダーシップが重要だという意識が広がっていることがあります。新中間層の親たちは、子どもが将来、競争の激しい社会で成功するために必要なスキルを育てることを目指し、しつけを通じてそのような価値観を伝えようとしています。
このように、都市部の新中間層家庭では、子どもの自尊心を大切にし、未来に向けたスキルを育むためのしつけが重視されています。親が子どもに自由に意見を言わせることで、自己表現や問題解決能力を育てようとする姿勢が見られます。これにより、子どもたちは将来の社会での成功に向けて必要な力を身につけることが期待されています。
親の価値観や生活スタイルを子どもが引き継ぐ仕組み
親が家庭でのしつけや教育を通じて、自分たちの価値観や生活スタイル、社会的地位を子どもに受け継ぐことを「文化的再生産」といいます。この仕組みは、しつけや教育の方法において、社会経済的地位(SES)の影響が特に見られます。
高SESの家庭では、親と子どもが学問的な話題や論理的な考え方について話すことが多いです。これにより、子どもは学校での学びにおいて有利になることが知られています。一つの例を挙げるとすれば、、親が子どもに難しい問題を一緒に考えたり、意見を交換したりすることで、子どもは考える力を育むことができます。
フランスの社会学者ピエール・ボルディエが提唱した「文化資本」という考え方によれば、高SES家庭の親が持つ文化資本は、しつけや教育を通じて子どもに受け継がれ、社会での優位性を生む要因となります。2017年にイギリスで行われた調査で、家庭のSESが子どもの学力に大きな影響を与えることが示されています。この調査では、高SES家庭の子どもは、低SES家庭の子どもと比べて、学業成績が平均で20%高いと報告されています。
このように、親の価値観や生活スタイルは、子どもに大きな影響を与え、将来の学業や社会的地位にも関わっていることがわかります。親がどのように子どもを育てるかが、子どもの未来に大きな影響を与えるのです。
受容型と自己表出型のしつけが子どもに与える影響
受容型と自己表出型のしつけは、子どもの心の成長や社会でのスキルに良い影響を与えるとされています。多くの研究がその効果を示しています。
受容型のしつけは、親が子どもの意見や感情を受け入れ、共感するスタイルです。この方法は、子どもが自分に自信を持てるようになり、自己肯定感や自己効力感を高める効果があります。2020年に日本で行われた調査によると、受容型のしつけを受けた家庭の子どもは、自己肯定感が高く、友人関係や学校生活でも良好に適応していることがわかりました。つまり、親が子どもを受け入れることで、子どもは自分を大切に思えるようになります。
自己表出型のしつけは、子どもが自分の感情や意見を自由に表現できるように促す方法です。このしつけを受けた子どもは、自己表現力や社会的スキルを身につけやすくなります。自分の考えを積極的に発信できるようになり、将来の社会で成功する可能性が高くなると考えられています。
このように、受容型と自己表出型のしつけは、子どもにとって重要です。親がどのように子どもを育てるかが、子どもの心の成長や将来の成功に大きな影響を与えることがわかります。良いしつけを通じて、子どもは自信を持ち、社会で活躍できる力を育むことができるのです。
まとめ:しつけの変化とSESが親のしつけ方に与える影響
現代のしつけの考え方の変化と、社会経済的地位(SES)が親のしつけスタイルに与える影響を考えると、しつけは家庭内の教育だけではなく、社会の価値観や文化を次の世代に引き継ぐ大切な役割を果たしていることがわかります。
親のSESや文化的背景が子どものしつけに影響を与えることは、家庭の中だけでなく、子どもの将来の教育や社会での成功にも大きな影響を持っています。一つの例を挙げるとすれば、SESが高い家庭では、教育にお金をかけたり、子どもに多くの学習の機会を提供したりすることができます。これによって、子どもはより良い教育を受け、自分の将来の職業や社会的地位で有利になる可能性が高まります。
このように、親のしつけ方やその背景には、社会全体に影響を与える重要な要素があります。親がどのように子どもを育てるかは、子どもの未来に大きな影響を与えるのです。