最近、「人手が足りない」「求人しても人が来ない」といった声を、飲食店や介護施設、建設現場などさまざまな業界で耳にするようになりました。
確かに、コンビニの営業時間が短縮されたり、病院の診療枠が減ったりと、私たちの生活にもその影響はじわじわと広がっています。
日本は今、人口減少と少子高齢化が加速し、働く世代の数が減っていくという避けがたい現実に直面しています。
これにより、労働力不足が社会のあらゆる場面で深刻化し、「人手不足」はもはや一部の業界に限られた課題ではなく、国全体の構造的な問題となってきています。
ところが、その一方で、メディアでは「大手企業が数千人規模の人員削減を発表」「業績好調でもリストラを実施」といったニュースが相次いでいます。
働く人が足りないと言われているのに、なぜ企業は積極的に人を減らしているのでしょうか? これは単なる矛盾なのでしょうか、それとも日本社会が大きな変化の渦中にあることの表れなのでしょうか?
あなたの周りでも、リストラや早期退職の話を聞くことはありませんか? あるいは、「今の仕事が将来も続けられるのか」と不安を抱いたことはないでしょうか。
この矛盾のように思える「人手不足」と「人員削減」の同時進行には、私たちが見落としてはならない日本経済の構造転換という背景があります。
この現象の背後にある本質を掘り下げながら、今後の働き方や社会の在り方について一緒に考えていきたいと思います。
なぜ「人手不足」なのに「人員削減」なのか?──“質”の変化と“構造転換”がもたらす二重構造

日本社会では、労働力人口が減少し続け、あらゆる産業で「人が足りない」と叫ばれています。2023年時点で、厚生労働省によると有効求人倍率は全国平均で1.29倍。特に介護・建設・IT業界では2倍を超える状況が続いており、企業が「求人を出しても人が集まらない」現象が常態化しています。一方で、大手企業や地方自治体では人員削減や希望退職の募集が相次いでおり、「人手不足なのに人を減らしている」という矛盾が社会全体に不信と混乱を広げています。
この現象を理解するためには、「人手」と「人材」は同義ではないという前提に立つ必要があります。企業が求めているのは「数」ではなく、「変化に対応できる能力を持った人」であり、単に労働力の量を増やすことでは対応できない構造的問題が背景にあります。ここでは、この二重構造の本質について、より深く・わかりやすく解説していきます。
実際に減らされているのは「過去の仕事をしていた人」
企業が実施している人員削減の多くは、従来の業務モデルに基づいた職種・役割を対象にしています。たとえば紙ベースの事務処理、社内外への電話対応、窓口業務、単純作業的な製造・検査工程など、かつては人の手で担っていた仕事が、現在ではAI・RPA・クラウド型システムによって代替可能となってきています。
実際、経済産業省の「2022年版ものづくり白書」では、中小製造業のうち約37.1%が「自動化・省人化によって人員削減を進めた」と回答しています。これは単なる合理化ではなく、「その仕事自体が将来消滅する」ことへの備えでもあります。
人手不足とされる業界でも、実際に不足しているのは「新しい業務に対応できるスキルを持つ人材」であって、かつての業務モデルの延長で通用する人材ではありません。このミスマッチが、労働市場全体における「求人はあるが就職できない/しない」現象の正体です。
採用と削減は同時進行──人材の“選別”と“再配置”の時代
現在の企業は、「人を減らす」と同時に「新たな人を増やす」ことにも注力しています。これを実証するのが、たとえば富士通が2023年に行った大規模な人材戦略です。同社は2020年から3年間で約3,000人の早期退職を進めつつ、同時に「AI人材」「クラウドエンジニア」「データサイエンティスト」などの専門職を積極的に採用・育成しています。
実際に、同社は2023年度にAI・デジタル関連部門で新規採用を前年比150%以上に拡大しました。このように、削減と採用は二律背反ではなく、「組織の質的転換のための再構成」と位置づけられています。
特に注目すべきは、「一度雇った人をそのまま抱え続ける」という“終身雇用モデル”の崩壊です。年功序列や固定的な人事制度の下で職務が変わらない場合、企業は人を活かす余地がなくなります。日本企業はようやく「役割に応じた採用・配置・処遇」の方向へ舵を切り始めた段階にあるのです。
社内DXが労働構造を劇的に変化させている
このような流れを後押ししているのが、企業内のDX(デジタルトランスフォーメーション)です。総務省の2023年情報通信白書によると、国内企業の約55%が「DXによる業務効率化」を進めており、そのうちの約半数が「人員削減を実施、あるいは予定している」と回答しています。
たとえば、営業職は従来「足で稼ぐ」活動が中心でしたが、現在ではCRM(顧客管理システム)とマーケティングオートメーションにより、少人数でも高い成果を出せるようになっています。製造業においても、IoTによるリアルタイム生産管理が可能になったことで、現場監督やラインリーダーの人数を最適化する企業が増えています。
つまり、企業内で「仕事の中身」が変わっているにもかかわらず、それに対応できない人材が「削減される対象」となっているのです。
人手不足の本質は「量」ではなく「質」の問題
「人手不足なのに人を減らす」という現象は、表面的には矛盾しているように見えますが、その実態は「求める人材像の変化」によるものです。
企業は単に“数”を減らしているのではなく、“将来不要となる仕事を担当していた人”を整理し、“将来価値を生み出せる人材”を新たに求めています。この構造を理解せずに「リストラ=悪」と捉えると、変化に対応する機会を失ってしまいます。
私たち個人にとって重要なのは、この時代の変化を悲観することではなく、自分自身のスキルや知識を「どこでどう活かせるか」を見直すことです。
そして企業にとっても、「単なる削減」ではなく、「人材の再配置と育成」が将来の競争力を決定づけることを、真剣に見据えなければならない時代に来ているのです。
人員削減を加速させる要因とその影響──企業の構造改革と労働市場の再編成

日本企業において、人手不足が深刻化する一方で、人員削減の動きが加速しています。この一見矛盾する現象の背景には、企業の構造改革や労働市場の再編成といった複雑な要因が絡み合っています。以下では、人員削減を加速させる主な要因と、その影響について詳しく考察します。
1. デジタル化と業務効率化の推進
多くの企業が、デジタル技術の導入によって業務の効率化を図っています。これにより、従来必要とされていた人員が不要となるケースが増加しています。例えば、パナソニックは2025年5月、全世界で1万人の人員削減を発表しました。これは、同社の従業員約23万人のうち約4%に相当し、主に営業や間接部門が対象とされています。
2. グローバル競争と事業再編
グローバル市場での競争が激化する中、企業は競争力を維持・強化するために事業の再編を進めています。これに伴い、非中核事業の縮小や撤退が行われ、結果として人員削減が実施されることがあります。
2024年度には、上場企業51社が早期・希望退職を募集し、募集人数は8,326人に達しました。これは、前年度の6,247人から大幅に増加しています。
3. 労働市場の構造的変化
少子高齢化の進行により、労働力人口が減少しています。厚生労働省によると、2020年から2070年にかけて、日本の生産年齢人口は7,509万人から4,535万人に減少すると予測されています。
これにより、企業は限られた人材を有効活用するため、業務の見直しや人員の最適配置を進めています。
4. 人手不足倒産の増加
人手不足が原因で事業継続が困難となり、倒産に至るケースも増加しています。帝国データバンクの調査によると、2024年には人手不足を原因とする倒産が342件発生し、前年の1.3倍となりました。
特に建設業や物流業での影響が大きく、全体の約4割を占めています。
5. 人材の質的転換への対応
企業は、従来の業務を担っていた人材から、デジタル技術や高度な専門性を持つ人材への転換を図っています。これにより、既存の人材の再教育や再配置が進められる一方で、適応が難しい場合には人員削減が選択されることもあります。
このような質的転換は、企業の競争力強化に不可欠とされています。
以上のように、人員削減の背景には、デジタル化の進展、グローバル競争の激化、労働市場の構造的変化など、複数の要因が複雑に絡み合っています。企業はこれらの課題に対応するため、業務の効率化や人材の最適配置を進めており、その結果として人員削減が実施されるケースが増加しています。
今後も、企業の持続的な成長と競争力の維持のためには、柔軟な組織運営と人材戦略が求められるでしょう。
人手不足が深刻化する日本経済の実態──構造的課題と将来への影響

日本経済は現在、深刻な人手不足に直面しています。これは一時的な現象ではなく、人口動態の変化や労働市場の構造的な問題が背景にあります。以下では、最新の統計データを基に、日本の人手不足の実態とその要因について詳しく解説します。
就業者数の増加と企業の人手不足感
総務省の「労働力調査(基本集計)」によると、2024年の就業者数は6,781万人と過去最多を記録しました。しかし、企業の約5割が「人手が足りない」と回答しています。
特に中小企業では、採用難が深刻な経営課題となっており、約7割が人手不足を感じているとの調査結果もあります。
生産年齢人口の減少と労働供給の制約
日本の生産年齢人口(15~64歳)は、1995年をピークに減少傾向が続いています。
また、女性や高齢者の就業率は上昇してきましたが、2019年以降は横ばいまたは減少傾向にあり、労働力の供給制約が顕在化しています。
将来の労働力不足の予測
パーソル総合研究所の推計によれば、2035年には1日あたり1,775万時間の労働力が不足すると予測されています。
これは2023年の労働力不足の約1.85倍に相当し、今後さらに深刻化する見通しです。
地域経済への影響と企業の対応
特に地方の中小企業では、人手不足が事業継続の脅威となっています。2024年には、人手不足を原因とする倒産が342件発生し、前年から約32%増加しました。
企業は自動化や外国人労働者の活用などで対応を試みていますが、円安や低賃金などの課題もあり、効果は限定的です。
以上のように、日本の人手不足は、人口減少や高齢化、労働市場の構造的な問題が複合的に影響しています。この課題に対応するためには、生産性の向上や多様な人材の活用、労働環境の改善など、総合的な対策が求められます。
私たちは何を理解すべきか──「構造転換期」における働き手の視点

このような時代に働く私たちは、「人手が足りないのに削減される」という矛盾した状況を、単なる感情論で捉えるのではなく、その本質を理解する必要があります。
今、社会から求められているのは、「どこでも通用するスキル」ではなく、「特定領域で価値を創出できる専門性」です。一つの職場での役割が消滅したとしても、別の業種や業界で再定義されるスキルは数多く存在します。
現代においては、「自分の価値を言語化する力」や「変化に適応し、自ら学ぶ力」が重要です。また、企業側においても、「人を減らす」のではなく、「人を活かす配置転換戦略」が今後の鍵を握るでしょう。
少子高齢化という不可逆的な変化の中で、私たちが直面しているのは「人手不足」ではなく、「構造的な転換」です。その本質を見誤らないことが、未来を切り拓く第一歩となります。
1. 労働市場の変化とスキルの再構築
産業構造の変化により、求められるスキルや職種が大きく変わりつつあります。例えば、定型作業を担う一部事務職の雇用は減少が見込まれる一方で、IT分野の専門人材などの高度な知識とスキルを持つ技術職に対する需要は高まっています。
このような変化に対応するためには、働き手自身がスキルの再構築(リスキリング)を行い、新たな職種や業務に適応することが求められます。政府や企業も、リスキリング支援や職業訓練の充実を図る必要があります。
2. 労働移動の促進と柔軟な働き方
労働市場の変化に対応するためには、産業間や職種間の労働移動を促進することが重要です。しかし、日本の労働市場では、ミドル層の流動性が低く、産業間の労働移動が進みにくい状況にあります。
また、働き方の多様化も求められています。テレワークやフレックスタイム制、副業・兼業の推進など、柔軟な働き方を導入することで、働き手のライフスタイルやニーズに対応し、労働参加を促進することが可能です。
このように、「構造転換期」においては、働き手自身が変化に対応する意識と行動を持つことが重要です。また、政府や企業、地域社会が連携し、働き手の支援や労働市場の整備を進めることが、持続可能な経済社会の実現につながります。
▼今回の記事を作成するにあたり、以下のサイト様の記事を参考にしました。
[PDF] 労働市場の現状と 人材開発の課題 – 厚生労働省

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